ドン もっとん del 八王子 の つれづれブログ - 憲法、人権、法律をメインに -

憲法・法律・人権をメインに、そのときどきで、考えたことを書いています。 自分らしく生きたいという願いが実現しやすい社会を作るためには、憲法、人権、法律についての正しい理解が不可欠と思っています。 世間にある憲法・法律についての誤解から、個人が生きづらくなっている現状を変えたいと思っています。

民主主義

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憲法・法律・人権をメインに、そのときどきで、考えたことを書いています。
自分らしく生きたいという願いが実現しやすい社会を作るためには、憲法、人権、法律についての正しい理解が不可欠と思っています。
世間にある憲法・法律についての誤解から、個人が生きづらくなっている現状を変えたいと思っています。

憲法とは?立憲主義とは?立憲民主制とは?民主主義とは? 知ってるつもり?

そもそも、「憲法って何よ?」って話です。


「憲法」にもいろいろありますよね?


日本で、「憲法」ってつくものは、何があるでしょうね?

・十七条憲法
・大日本帝国憲法(明治憲法)
・日本国憲法(現行憲法)
・ナルちゃん憲法

とりあえず、日本史上有名な、名前に「憲法」と入っているものは、これくらいでしょうか?

「ナルちゃん憲法」は、憲法じゃないですよね?

皇室で、美智子皇后が、生後7か月のナルちゃん=徳仁(なるひと)=皇太子のために、14日間の公務訪米旅行の際に世話係に託した育児メモですからね。

「十七条憲法」も憲法じゃないですからね。

国(聖徳太子)が定めたものだし、「憲法って名前だから憲法じゃん」っていうツッコミが入りそうですので、「憲法」という言葉について、調べましょう。

「憲」という字ですが、「おきて」とか「法律」とかいう意味が、基本としてあります。
漢和辞典で、「憲」という字のところの「憲法」には2つの意味が書いてありまして、
1つ目が、昔から、使われていた意味=「おきて」「法律」です。晋(中国の265年 - 420年の王朝)で使われた例が漢和辞典に載っています。(三省堂 新明解漢和辞典)
2つ目が、日本国憲法とかで使われる場合の憲法です。

十七条憲法は、1つ目の意味で使われていて、今の「憲法」とは意味が違います。
別の言葉と思った方が良いでしょう。

みなさんご存じのように、日本に無いもので外国から入って来たものの呼び方で困る場合があります。

そのときの解決法として、
1.中国語を、漢字のまま仕入れちゃう場合(例:十七条憲法の「憲法」、朝廷)
2.そのまま、漢字で当て字にしたり、仮名(かな)にしちゃう場合。(例:珈琲、型録、英吉利、天婦羅、カレンダー、ライブ、カルテ、かるた)
3.欧米語を、中国語やそのとき有った言葉にあてはめちゃう場合。(例:権利、憲法)
(当然、元の中国語や日本で使っていた意味とは違います。)
4.欧米語を翻訳した言葉を日本語として漢熟語を作っちゃう場合(例:科学、技術、神経、動脈、郵便、野球)

今の「憲法」は、3です。
英語(フランス語も同じ)の constitution を訳したのが憲法です。
幕末から明治の始めには、「政体」とか「政体書」と訳されました。

もともとは、(人間の)体質とか、組織、構造という意味です。

よく、憲法を「国家の統治の基礎を定める法」という説明が有りますが、その意味です。
「そんなの知ってるよ」という人も多いと思います。

ところがどっこい、それだけじゃビミョーなのです。


それでは、明治憲法(大日本国憲法)と今の憲法(日本国憲法)について、見てましょう。


明治憲法と今の憲法は、両方とも憲法なんですよね?」
それが違うのです。

どう違うか?

思い出して下さい。
学校で、日本国憲法は3つの柱がある、と聞いたでしょう?
基本的人権の尊重主権在民平和主義ですね。
「この3つは、明治憲法と違うのだ」と教わりましたよね?

この3つとも重要ですが、特に大事なのが、基本的人権の尊重です。

人権の尊重がなければ、憲法ではないのです。
(ちなみに、「基本的人権」と「人権」は同じ意味です。)

そもそも、憲法(constitution)とは何か。

「憲法を作って、国家に勝手をやらせず、憲法でコントロールしよう」というのが、立憲主義
立憲主義で作られたものが、憲法です。

立憲主義はconstitusionalismの訳です。
憲法主義と訳した方が自然でした(南野先生もそうおっしゃって本の題名にされました)。
字に引きずられて、「憲法を作ること。おわり。」と考えたら、大間違いです。

ごく最近、この立憲主義の考え方と違う憲法の話をしようとする人が多くいますが、
立憲主義を否定したり、
音声や字は「立憲主義」を使っても違う意味にしようとする人の話は、
すでに「憲法」の話ではなく、全然関係が無い話です。
だから、こういう話をする人は、今までの憲法を否定する、日本だけでなく世界でも珍しい変わったことを言ってる自覚を持っていただいて、他の人にもそれを宣言した上で、お話しくださいませm(__)m
議論がかみ合うわけありませんので(^▽^)/

近代になって、自由主義革命をしたときに、
昔からある自然権(もともと有る権利)思想と結びつき、自由(自由権)を人権として、
これを守るために、国家に義務を課したのが、近代立憲主義であり、近代憲法なのです。
国民みんなでした国家が守る義務を定めた契約なのです。(社会契約

昔の憲法は、文字通り、国家の統治機関についてだけ書いてあって(もちろん人権を守る体制)、
一つ一つの人権は、別の「権利章典」に書いてありました。

フランス憲法は、今でも、原理的なものといくつかの人権条文以外は、個々の人権の条文がありません。
フランス人権宣言が、今でも有効なのと、新しい人権の条文を書いた第四共和国憲法が今でも有効だからです。
(今の憲法(第五共和国憲法)の前文に、フランス人権宣言と第四共和国憲法が今でも有効だ、と書いてある。)

アメリカ合衆国憲法も、権利章典部分は後から追加されました。

その後、国が憲法を作るとき、最初から、権利章典と統治をセットにして憲法を作りました。


そこで、疑問ですよね?

「明治憲法も、国民の権利が書いてあるし、近代に作られたものじゃん」って。

確かに書いてあるんですが、人権でなく臣民(「しんみん」と読む。天皇の家来としての国民)の権利でした。
それでも、「内容が人権と同じなら、良いじゃん」ってことになるとは思います。
ところが、そうではなかったのです。

人権思想で自由権(国家が個人の邪魔をしないという国家の義務)は、他者に害を与えない限り認められなければいけません。(無制限ではない。そんなめちゃくちゃなわけない。)
(経済的自由権は、社会的弱者保護の観点からの制限も認められます。)

しかし、明治憲法では、法律で決めればどのような制限も認められました(法律の留保)
また、信教の自由は、国家のためなら、理屈なく制限が可能でした。

法律の留保の例

第29条 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス
(太字はもっとん)

(今の日本語で書くと)日本臣民は法律の範囲内において、言論著作印行集会及び結社の自由を有する。

信教の自由

第28条 日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス
(太字はもっとん)

(今の日本語で書くと)日本臣民は安寧秩序(あんねいちつじょ。安全と秩序)を妨(さまた)げず、臣民としての義務に背(そむ)かない限りで、信教の自由を有する。



そもそも、「なぜ、明治政府は、人権思想が無いのに、憲法を作ったか?」というと、
1.近代資本主義国家として経済を発展
2.欧米列強に負けないための軍事力強化
(1と2で富国強兵)
3.他の国と、野蛮人の国でない国として、対等のつきあいをする必要から。
(当面の目標は、不平等条約の改正(関税自主権の回復と外国人の治外法権の廃止))
(憲法だけでなく、近代法制の整備をしました。)
(鹿鳴館で毎晩ダンスパーティー開催と同じ理由です。)

だから、逆に言えば、
経済の発展や軍事力強化のためなら、個人が犠牲になってもしかたがない、という思想なのでした。今のどこかの国と似てるかも?
(人権思想の根本は個人の尊重)
実際、戦前は、ずいぶん、たくさんの自由の侵害がありました。

このように、見せかけの立憲主義なので、外見的立憲主義と呼ばれています。
本来の立憲主義とは別物なのです。


また、最近、「立憲主義=国家権力を憲法が縛るという思想は、絶対王政の時代の思想である」ということを言う相当いかれた人(どこかの国の首相?)がいます(先ほど言いました、「憲法の話でない話」の例です。)。
「個人の人権を侵害する国家は、絶対的権力者であって、民主主義ではありえない」とかと言ってますね。

今、世界では、少しの立憲君主制の国は有るものの、ほとんどの国は、立憲民主制です。
立憲君主制の国も形式的なことが多く、実質的には、立憲民主制の国がほとんどです。
では、これら、世界の多くの国々の、憲法は、昔ながらの立憲主義ではないのでしょうか?


そもそも、民主主義がわかっていないから、こんな意味不明な発言が出てきます。

では、民主主義とは何か?

人権思想の根本である個人の尊重を基本とすると、「人は、自分を自分で支配する」(他人に支配されることはない)ということになります(治者被治者の自同性)

個人の意見が国政に関係する豊富な情報に基づいて発言されて(表現の自由の保障)、そのことによって自由闊達な議論がされて、正しい意見に集約されていく(思想の自由市場)。

国民全員が話し合って決めるの(直接民主制)は難しいので、選ばれた代表者に話し合ってもらったり(間接民主制)、全員一致で決めるのは難しいので、多数決で決めたりします。
本当に重要なことは、全員一致で決めます。
ある程度重要なことは、2/3以上など過半数より多い多数決で決めます。

ある程度の賛成があれば良いことは、過半数より少ない、1/3以上などの賛成で決めることもあります。

すごく重要なことは、代表者だけでなく、国民投票や住民投票で決めたりします。


こういった治者被治者の自同性を確保するための手続きが保障されているのが民主主義であって、この手続きのことを民主的手続きと呼びます・。

このように、表現の自由は、民主主義になくてはならないもので、自由主義と民主主義は良い関係なのです。

自由、特に表現の自由などの精神的自由権が不当に制限されると、
・国政について情報が得られず(知る権利が制限される)(知る権利は、表現の自由の一環として理解される)
・情報について科学的な認識が持てない(学問の自由の話)
・自由な思想を持てない(思想・良心の自由、信教の自由の話)
・自由な発言ができない、自由な議論ができない(言論の自由、集会の自由、結社の自由などの表現の自由の話)
・自由な政治運動ができない((政治的)表現の自由の話)
ということになって、民主主義が成り立たないのです。


なお、自由というのは「公権力から、やること、やらないこと、を邪魔されない」という意味です。←これって重要です。

しかし
ここからが本番(前置き、長っ)

立憲民主制の説明です。

民主主義の手続きがどのように保障されていても、国民の自由を奪う法律が作られれば、自由主義ではありません。
(今の憲法に書いていなくても)法律の留保を認めていることになってしまいます。
「とにかく条文さえ変えなければ、憲法を守ることになる」という考え方はお花畑です。 

法律の留保は、二つの意味があります。
1.法律でなければ、政府は国民の権利を制限できない(法治主義の意味。良い意味)
2.法律で決めれば、国民の権利の制限が許される(法実証主義の意味、悪い意味)

多数決で決めたことを常に良いこととして決めてはいけないのです。
(「少数の意見を必ず用いるべき」というわけわからん主張はしません)

議論の過程で、少数の意見をよく聞くのはもちろん大事ですが、
決まってからでも、
決まったことに反対の人についてはもちろん、賛成の人についても、
その個人の尊厳を侵害すること許してはいけません。

この「個人の尊厳を侵害することを許さない」のが人権の保障であって、 
国家権力を行使する者の責任として、大臣や議員を含む、公務員全員に、憲法を守る義務があって、 
人権を侵害する法律は、憲法違反として無効であって、
人権を侵害する法を認めない、国内法の一番上にあるから、最高法規であって、 
それを司法が宣言できるのが、違憲審査権です。


日本国憲法

第十三条  すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

第八十一条  最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

(81条の違憲審査権は、最高裁だけでなく、全部の裁判所にあります。最高裁は終審というだけです。)
 

   第十章 最高法規

第九十七条  この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

第九十八条  この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。

第九十九条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

(第十章はこれが全条文です。)


三権分立も、司法権の独立も、地方自治も、
権力の暴走を防いで、国民の自由を守るために考え出されたものです。

民主主義的な手続きで決めたことであっても、人権侵害を許さない、そのための国家の体制を作ろうというのが「憲法」であって、その考え方を「立憲主義」といって、「国家権力を憲法でしばる民主主義体制」が「立憲民主制」です。

全体の利益や多数の利益を尊重して、少数の意見に耳を貸さず、さらには、許されないはずの権利の制限を認めるのを、「全体主義」といいます。
「全体主義」は、「個人主義」や「民主主義」の対義語として使われます。


なお、なぜか誤解する人が多いので言いますと、
今回の説明は、日本国憲法の普通の説明です。一つの意見とかではありません。
これとずれた話は、憲法の議論ではありません。






国民が憲法を守る義務って、書いていいの?いけないの?

憲法に、憲法尊重擁護義務が書いてあります。

天皇と、国会議員、大臣、裁判官などの特殊な公務員(特別職の国家公務員)を含む、 公務員に、この義務が書いてあります。

第九十九条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

「これに、国民も入れましょう」という話が有ります。
これに対して、「いや、入れるべきではない」という人たちがいます。

どちらが正しいのでしょうか?

国民を入れよう、という人は、「ドイツの憲法にも書いてあるよ」と言います。

なぜ、ドイツのには書いてあって、日本のには書いていないのでしょうか?
やはり、日本の憲法は、時代遅れなんでしょうか?

まず、日本の憲法には、なぜ書いていないのか? を、考えてみましょう。

そもそも、憲法って何?って話をすれば、自然と答えが出るのです。

「国民・人民の権利を守るために、国家の義務を定めたもの」が憲法です。
人権のカタログ(権利章典)と、統治の、二つの部分でできています。
統治の部分も、どう民主的にするか、どうやって人民の権利を守るか、と考えて、決められています。

この、憲法って何?という基本をすっとばして話されていることは、全部でたらめです。
もはや、憲法についての議論ではないのです。


だから
国家の義務が書いてある=当たり前
公務員が憲法を守る義務が書いてある=当たり前
国民・人民の権利が書いてある=当たり前



とは言っても、国民の義務も書いてありますよね?

学校でも習った三大義務ですね。

納税の義務、子女に教育を受けさせる義務、勤労の義務。


まず、納税の義務から

第三十条  国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。

どんな団体でもお金が無いと運営できません。
パトロンでもいなければ、会費を集めませんとね。

国家も同じです。
税金を集めませんと。
でも、会の会費は、会費をとられるのをわかってて、会に入りますよね。 
どこの国の国民になるかは、帰化とかが認めらるのでなければ、親の国籍などで決まってしまいます。
自由に入ったり出たりできません。
「強制加入の団体」なのです。 
だから、そこで、問答無用にとられる税金は、取り放題にされては困ります。

だから、租税法律主義といって、(国会が決める)「法律」でしか決められない、ということになっています。
(84条、さっきの30条にも)
役所が命令で決めてもいけません。
裁判所が決めてもいけません。

   第七章 財政

第八十三条  国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。
第八十四条  あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。
第八十五条  国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基くことを必要とする。

以下略

名前が「○○税」でなくても、手数料とかでなく、とにかく問答無用で取られちゃうのは、この条文でいう「税」です。

租税法律主義も含めて、国家の財政について、民主的に決めなければいけない、っていう考えを、財政民主主義と言います。

脱税とかすると、刑罰などがあったりするのでした。


次に、子女に教育を受けさせる義務

義務教育って言葉、知っていますよね?
この義務で受ける教育のことです。今の日本だと小学校と中学校ですね。

勘違いしている人が、相当多くいますが、
子どもが教育を受ける義務ではありません。

子女(男の子、女の子)に教育を受けさせる義務、です。

義務があるのは、保護者=親(親権者)と未成年後見人です。
よく学校で保護者って呼ぶのは、親だけでなく未成年後見人を含んでいるからです。

民法 第四編 親族  第五章 後見
    第一節 後見の開始

第八百三十八条  後見は、次に掲げる場合に開始する。
一  未成年者に対して親権を行う者がないとき、又は親権を行う者が管理権を有しないとき。
二  後見開始の審判があったとき。
 
以下略

子どもに、「義務教育なんだから、学校に行かなきゃだめじゃないか」は、大間違い。
親に「子どもを学校に行かせてあげなければだめじゃないか」が正解。

子どもに義務があるどころか、憲法は「教育を受ける権利」を保障しています。
これは、自由権として、教育を受けるのを、国家がじゃましてはいけない意味もありますが、
社会権として、国家が、子供を含む国民に、教育を受けることができる環境を提供する義務があるのです。

憲法とは何か?がわかれば、子供に変な義務を課すことが、不自然だと気づくべきなのです。

人が先、国家が後、が、憲法です。立憲主義です。
国家が先、人が後、は、国家主義です。

第二十六条  すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
2  すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。

条文も、教育を受ける権利とセットになっていますでしょう?

ここでいう法律は、教育基本法や学校教育法です。

ところで、子供を学校に行かせないと、親が罰を受けることがあります。
でも、いじめにあってる子どもを学校に行かせない、とか、正当な理由がある場合は、もちろんOKです。
あくまでも、子供の幸せのための、親の義務であり、国家の義務なのですから。

学校が、子供の事情を無視して、とにかく来させろ、みたいに言うのは、頭おかしいのです。


次に、勤労の義務

国民は、働かなければいけない、ってことなのです。

が、しかし、働いてなくても、何か罰を受けるとか、そういうことはありませんよね?
働けるのに、就職できるのに、働かない人は、生活保護などは受けられませんよ、と。
ただ、それだけの意味です。

お金持ちで、働く必要が無い人。
病気とかで働けない人。

そういう人に、「働け」というようなことを、憲法が言っているわけではないのです。

第二十七条  すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
2  賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。
3  児童は、これを酷使してはならない。

この条文(1項)は、もろ、一つの文で、権利と義務がセットでしょう?
2項、3項も、労働者を守る条文でしょう?


さて、話をもとに戻しましょう。

そもそも、憲法とは何か?から、憲法に、国民の義務が書いてあることが例外なのがわかりました。

では、なぜ、ドイツの憲法(ドイツ連邦共和国基本法)には、国民が憲法を守る義務が書いてあるのでしょう?

ドイツは、「戦う民主制」 を採用しているからです。

「戦う民主制」 って何よ?

普通の民主制は、みんなが言いたいこと言って良い状態(表現の自由が保障されている状態)で、議論をいっぱいすると、正しい答えが出てきて良いじゃんか、と。(思想の自由市場)

それで、多数決(法律など )で、少数派がいじめられるときは、人権侵害として、その法律などを無効にして、助けましょう。(立憲民主制)

ドイツも、もちろん、立憲民主制なのですが、
ドイツは、戦後、反省しまくるのです。
そして、日本と違って、ずっと決意が固いままなのです。

多数派の意見が通って少数派がいじめられる状態が出来上がってしまっているのが全体主義です。
ドイツは、戦前、全体主義になってしまった歴史を絶対に繰り返してはいけない、と固く決意したのです。
憲法を慎重に徹底的に良く作るのは当然で、その上で、どんなに良いと思った憲法の下でも、国が間違った方向(全体主義)に行ってしまうのをなんとしてでも防ごう、という決意です。 

ですから、「民主主義に反対する表現の自由などを認めない」という、かなり思い切った民主制を導入したのです。
18条から21条に書いてあります。
その場合でも、人権を不当に制限しないように、条文が作られています。


そうすると、なぜ、ドイツの憲法が、国民に、憲法を守る義務を定めているのか、答えが見えますね?

ドイツの考え方は、それなりの合理性があります。

日本や他の国でも、表現の自由は無制限では無いものの、他人に害が無ければ、極力尊重されるべきものです。
詐欺や脅迫、名誉棄損などの表現は、当然に制限があります。

実害が無い場合は、制限がありません(なぜか日本にはたくさん有るように見えますが)。

実害の無い場合に、表現の自由を、内容で分けて規制するドイツのやりかたには、やはり批判があります。


こんな議論、見たこと、聞いたことありましたか?


日本人の、「ドイツが国民の憲法を守る義務を決めてるから、日本でも」ってのは、レベルが低すぎるのです。
ってか、そもそも、まともな議論ではないのです。

ドイツが、全体主義になった過去を反省して、矛盾を承知でやっていることと、
日本人のばか政治家が、憲法を理解せず、憲法を憲法でないものにしようとしている、
国民の権利が、無原則に侵害される状況を作り出そうとしている、というのは、
真逆の方向に向かっているのです。

改憲をじゃんじゃんしましょう、って言う人の中には、
ドイツは、たくさん憲法を改正しているじゃんか、って言う人がいますね?

背景には、ドイツの憲法が、日本の憲法に比べて改正しやすい、っていうのもありますが、
ドイツの憲法が改正されるときは、ほとんどが、技術的な改正なのでした。




 
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大学の学部選択の参考にもなりますよ(^▽^)/
木村草太先生の著作です。




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コンセプト

憲法・法律・人権をメインに、そのときどきで、考えたことを書いています。
自分らしく生きたいという願いが実現しやすい社会を作るためには、憲法、人権、法律についての正しい理解が不可欠と思っています。
世間にある憲法・法律についての誤解から、個人が生きづらくなっている現状を変えたいと思っています。
自己紹介


東京都八王子市 出身

好きな動物:猫。犬も好き。
趣味:カラオケ

創価大学法学部法律学科卒業
大学ゼミ:刑法(内藤謙先生)

お世話になっています。

似顔絵:似顔絵メーカーで作りました。
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