最初、2016年2月17日に投稿の記事ですが、大幅に加筆・修正しました。(2017/3/30)



小学校高学年でも習った、三権分立の話です。
立法権行政権司法権の三権 。
国会内閣裁判所が持っていて、

「ジャンケンみたいな三すくみを両方向でやっている」「バランスをとっている」って理解だと思います。合ってます。


ここで質問です。

なぜ、バランスをとってまで分ける必要があるのでしょう?

そもそも、分けた3つの権限の意味を知っていますか?


歴史に沿って、順番に説明します。


歴史的に少しずつ変わったことなので、歴史に沿って考えると、わかりやすいです。

でも、本当の歴史は複雑なので、ちょっとシンプルにして説明します。

だからと言ってウソはつきませんので、安心して下さい。


独裁者の王様がいました。

気に入らない人は犯罪者。

税金を取りたくなったら取る。

それでは困ります。


ですから、

みんなで話し合って決めて(法律を作って)、
それを王様に守ってもらいましょう。

となりました。

まず、行政から立法が別れました。

立法権は、「法律を作る権限」ですが、法律は「国民の権利義務を定めるもの」です。

議会が作る「法律」以外に、国民の権利義務を定めるものを認めたら、何の意味もなくなります。(王様のやりたい放題になる)


日本国憲法41条を見てみましょう。


第四十一条  国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。


「『唯一の』立法機関」って書いてあるでしょう?
この41条は、こういう深い意味があるのです。

そうでなければ、「国会が法律を作る所」って、ただの説明文になっちゃう。


このように、法律でもって、行政をコントロールするという考えを「法治主義」といいます。

「法治主義」と「法の支配」については、「法治国家」って、国家が、国民に法律を守らせてる国家、だと思ってる?に書きました。

王様が勝手に決めると困ることとして例にあげた
犯罪と刑罰税金のことも、憲法の条文に書いてあります。

刑事手続きでの、適正手続きの保障罪刑法定主義を含む)。(他にも細かい刑事手続きの条文が有
ります。)

第三十一条  何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。



第七章 財政は、財政を国会がコントロールすること(
財政立憲主義)が基本で書かれている。83条は原則。
84条は、租税法律主義


    第七章 財政 第八十三条  国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。 第八十四条  あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。 第八十五条  国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基くことを必要とする。 第八十六条  内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない。 第八十七条  予見し難い予算の不足に充てるため、国会の議決に基いて予備費を設け、内閣の責任でこれを支出することができる。 2  すべて予備費の支出については、内閣は、事後に国会の承諾を得なければならない。 第八十八条  すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない。 第八十九条  公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。 第九十条  国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。 2  会計検査院の組織及び権限は、法律でこれを定める。 第九十一条  内閣は、国会及び国民に対し、定期に、少くとも毎年一回、国の財政状況について報告しなければならない。
第八十三条  国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。
第八十四条  あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。
第八十五条  国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基くことを必要とする。
第八十六条  内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない。
第八十七条  予見し難い予算の不足に充てるため、国会の議決に基いて予備費を設け、内閣の責任でこれを支出することができる。
2  すべて予備費の支出については、内閣は、事後に国会の承諾を得なければならない。
第八十八条  すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない。
第八十九条  公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。
第九十条  国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。
2  会計検査院の組織及び権限は、法律でこれを定める。
第九十一条  内閣は、国会及び国民に対し、定期に、少くとも毎年一回、国の財政状況について報告しなければならない。



ところで、頭の良い人なら、すぐ気付きます。

ルールを作っても、チェックをしなければ、意味が無い。


議会ももちろんチェックはしますが、他に、チェックをする所が必要です。

それが、司法権です。裁判所です。

第七十六条 すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
2 特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。
3 すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。


裁判所は昔から有りましたが、王様の言うことを聞かない裁判所を作ったのです。(司法権の独立)

王様を従えさせる裁判所を作ったのです。(法の支配)


裁判所って、犯罪者を「こんにゃろう」ってする場所だと思っていますか?

違います。断言します。


法律にもとづいて(法を解釈適用して)、事件を解決しようとして、国や国民の権利関係最終的に判断して確定できるのが、司法権です。


難しい? (^_^;)


だから、

刑事裁判で、捜査機関が疑っていたり(被疑者)、逮捕したり、検察が起訴したり(被告人)しても、
有罪とか無罪とか、有罪としてどういう処分になるのか、は、裁判の手続きが有って、
最終的に裁判所が決めるのです。


民事もそう。

日本の裁判所は、よほど変な訴えでなくては、最初の訴えの時点で却下しません。

絶対に出ないような判決の結論(ものすごく高額な損害賠償や、ほぼ全く認められないような訴えなど)を想定して訴えることもできます。

後は、裁判の手続きがいろいろ有って、裁判所が決めます。


民事も刑事も、ただ、事実が有ったかどうかではなくて、法律を解釈する権限が裁判所にはあるのです。 「これが法だよ」と宣言できちゃうわけです。(法と法律は違ったりするのだった(;^_^A )
 

裁判は理屈でやってくれます。(そのはずです(^o^;  ) (英語で司法は justice です)

だから、裁判を受ける権利が、憲法で保障されているのです。


第三十二条  何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。
第三十七条  すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
37条の2項3項は省略


「裁判されて吊るしあげられるのはいやだ」っていうのと、発想があべこべですよね?


ところで。

この司法権が裁判所に有る、ってことにも2つの大きな誤解が有ります。

1つは、前に書きました(地方裁判所は国の機関です。都道府県の機関ではないですよ(^o^) )が、どの裁判所も全部、国の機関であること。

2つ目は、司法権が有るのは最高裁判所だけでなく、裁判所全部に有る、ということ。(76条1項)

ちなみに
81条の違憲審査権も最高裁だけでなく全部の裁判所に有ります。
条文だけ読むと最高裁だけと誤解しそうですが、違憲審査権限有る裁判所で「終審裁判所」が最高裁だ、ということです。 


第八十一条  最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。 

誤解していませんでしたか?


さて。
同じ法律でも、解釈の違いで、いろいろな事件にあてはめたときに、違いが出てきます。


裁判所も、一つの権力です。


裁判所の言うことなら絶対だなんて言っちゃいけません。

なぜ、憲法に、裁判は公開されなければならない(判決の前の審理(対審)については例外も少しだけ有ります。判決については例外が有りません。)と書いてあるのか?

第八十二条  裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。

2  裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。


なぜ、フラッと行って、なんの受付も通らず、裁判をやっている部屋に入れるのか?

(傍聴の希望が特別に多いときは、入場整理券を、並んでゲットしなければだめ、ですが。)


裁判官がちゃんとやっているか、国民が監視できるようにするためです。
 

悪いやつが、やりこまれたり、言い訳するのを、見に行くためだと思っていませんでしたか?
それも自由ですが。(;^_^A


モンテスキューが、「司法権は恐ろしい権力だから、行政から分立させなければいけない」と大騒ぎしたから、三権分立があるのです。 


ところで、海難審判所とか、裁判そっくりのことやってるところは、あれって国土交通省の機関(つまり行政機関)でしょう?
行政機関が裁判ってやっていいの?

第七十六条  すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。

2  特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。

3  すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。


76条2項をもう一度見てみましょう。 

行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。」って書いてあるでしょう?

つまり、「この審決じゃやだ」(抗告)を、最高裁の系列の裁判所(高等裁判所に)にすることができて、行政審判(行政機関のやる裁判)を最後にすることが強制でなければOKということです。。
なんで、最終的に一つの系列の司法機関に まとめるかというと、
三権分立の意味も当然有りますが(行政でないところが司法権を持つ)
法の下の平等が理由です。(司法が法を確定するので、たくさんの系列があると、統一した一つの法でなくなってしまうから)
(特別裁判所禁止も同じ理由です)

難しい?(;^_^A 

 
 


最後に行政権です。


今、見てきたように、「統治権から、立法権と司法権を引いた残り全部」が、行政権です。


行政権 = 統治権 - 立法権 - 司法権


一応、どんなことがメインなのか、憲法の条文を見てみましょう。
 

「国会が立法」、「司法が裁判所」と違って、行政は、内閣だけとは決まっていません。
でも、ほとんどの行政は、内閣が司令部になって、役所を動かしますので、内閣の条文を見ましょう。

第七十三条  内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。

一  法律を誠実に執行し、国務を総理すること。

二  外交関係を処理すること。

三  条約を締結すること。但し、事前に、時宜によつては事後に、国会の承認を経ることを必要とする。

四  法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること。

五  予算を作成して国会に提出すること。

六  この憲法及び法律の規定を実施するために、政令を制定すること。但し、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない。

七  大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を決定すること。


どれも重要なんですが、行政の基本は一(1号と読みます)ですね。
法律を誠実に執行し、」です。
最初、西洋から近代憲法の考え方が入ってきたとき、「行法」と訳しました。この方がわかりやすいですよね(^▽^)/

最初の国会の説明のところで書きましたように、内閣は、国会の言う通りにしなければならない機関です。
勝手に内閣だけで決めて良いことって、無いんですね。
条文に「法律」とか「国会」っていう言葉が無いのって、2号と7号くらいでしょう?
(恩赦法という法律は有る)

でも、結局のところ、他のことも含めて内閣のやることはすべて国会に対して政治的責任を負っています。
(国会という国民の代表者を通して、国民に責任を負っています。)(法的責任とは違います。)
憲法の条文にも書いてあります。

第六十六条  

(1項と2項は省略) 

3  内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。

 

閣議について

73条に有る内閣のお仕事、条約締結、予算案作成(「予算」と書いてますが「予算案」です)、政令制定、恩赦などなどは、内閣として決めるので、話し合って(閣議をやって)決めます。

最近、安倍内閣では、なんでもかんでも閣議決定する傾向が有りますが、憲法や法律に権限の根拠が有ること(上の例の条約締結とか)以外のことで、何か決定をしても、
内閣の意思表示の意味しか有りません。
「閣議決定しました」という報道を聞いて、何か権限を持って決めたことだと思ってはいけません。
権限が無ければ、
ただの意思表示なのです。
(実際、内閣の下の役所の人間が言うことを聞くことになるので、問題大ありですが)
そして、一応の権限有ることでも「国会と国会の決めた法律のコントロールの下に無ければいけない」という大原則は、変わらないのです。
(たとえば、条約締結も国会の承認が必要です73条3号)

法案の話も、内閣として法案を提出することを閣議で決めることができるだけで、「法案」は国会で話して決めるたたき台にしかなりません。
あくまでも、法律は国会が作ります。

自由主義、立憲主義 と 権力分立(三権分立、地方自治)


 なお、フランス人権宣言は、「権力分立を定めていない憲法は、憲法じゃない」と言っています。

なんで人権宣言に?と思いますか?

「他人を害さない限り、国はほっとけ」という考え方(自由主義)からすると、
「権力が一つのところに集まっている政府は、何をやらかすかわからん」という心配があるからです。

だから、ただ、「分けました」だけではだめで、うまくバランスをとって、三権のうちどこか一つが強くならないようにしなければならないのです。 
バランスをとらないと、分けた意味が無いのです。 


三権分立は、統治権を内容で分けたのでした。

中央と地方で分けるのは、地方自治制度です。


三権分立も地方自治も、権力分立という同じくくりのもので、自由主義が根本です。